高木正勝×原摩利彦 TALK EVENT #1

2019年6月9日BANG & OLUFSEN KYOTO POP-UP STOREにて開催された古都・京都にゆかりの深いふたりの音楽家、高木正勝さんと原摩利彦さんによる初の対談の模様を前・中・後編にわけてお届けします。

高木:バッハとかの方が面白いなって。3つぐらいのメロディーがそれぞれ主役として動いているのに、たまたまこの縦を、一瞬を見たら和音になってる。
原:僕はその瞬間、良い和音が鳴るじゃないですか。そこを永久に延ばしたいっていう欲望があるんです。

― お2人に共通する点みたいなところと違うなと思う点が両方あって重なる部分に興味があったりするのですが、例えばピアノを中学生の頃から本格的に始められたっていう。

原:小さい時から習ってたんですけど、中学から自分で弾きたいってスイッチが入って。

高木:僕も小6ぐらいから中学、高校までですね。おばあちゃんが4歳離れてる妹に買ってくれた電子ピアノが家にあったんです。当時ファミコンをやっていて、ゲームの音楽を聴きながら鍵盤を触っていたらメロディーを弾けるようになって。探せばいつか同じメロディーにたどり着くんですよ。そこからちゃんと習いに行ったらってことになりました。

― いわゆる耳コピみたいな感じですね。耳で聴いて、楽譜を見るわけではなく。

高木:今でも楽譜を見るのが苦手で、耳で聴く方が得意です。

― すでに高木さんのルーツが垣間見れた気がします。耳で聴くと。原さんは?

原:僕は小さい時からレッスンに通ってたんですけど、全然ダメで、好きじゃなくて、ピアノの下に隠れて出てこなくなったりしてたんですよ。

高木:小さい頃?

原:大きくなってからはやってないですよ。小さい時ですけど。僕はメロディーよりも和音ですね。これとこれの音を鳴らすとすごい素敵な綺麗な音になるのは何でかな?っていうところからです。それが作曲らしいっていうのを聞いたのが中学1年生ぐらいですね。

― ベートーベンのピアノ・ソナタ第14番『月光』とうかがった気が。

原:『月光』もですけど、ピアノ・ソナタ第23番『熱情』第2楽章です。ある和音が鳴ってるんですけど、その和音の響きがたまらなく良くて。その謎を解いていくといいますか。コード名で言うとメジャーセブンスっていうのが綺麗だなとか。当時はそんなことはわからなかったのでこの押さえ方と似ている響きをずっと探してる中学生でした。

高木:みなさんコードってわかりますか?ドレミファソラシドって音階があるんですけどCって言ったらドミソ。コードは音の重なりでそこからいっぱい種類が増えていくんですよ。セブンスとかナインスとか。僕も今でも全然わかってないんですけど、逆に響きの方は何でもいいやって思ってしまったことがあって。バッハとかの方が面白いなって。3つぐらいのメロディーがそれぞれ主役として動いているのに、たまたまこの縦を、一瞬を見たら和音になってる。その時の響きの方が「あぁ!」とくる。予測不可能で時々濁ったりもするけど動きとしてこうずっとあるから。

― 旋律があって和声があると。

原:僕はその瞬間、良い和音が鳴るじゃないですか。そこを永久に延ばしたいっていう欲望があるんです。

高木:でも意外に延びないでしょ?

原:そうですね。

高木:この1小節だけ良いと思ってそこだけやっててもその感じが続かない。

原:その通りですね。

高木:みなさんもきっと自分も音楽作りたいなっていう興味を持たれることがあると思うんですけど。その辺に罠が待っていて。なんでやろう?みたいな謎から興味が湧く。

― 表現したいことの根幹というか、気持ちよりも先に西洋音楽の仕組みに気が向いてしまうところはあるかもしれないですけど。興味のきっかけにはなりますよね。和声(コード)や旋律(メロディー)。自分はどれが好きかな?みたいな。

原:永久にそこを延ばしたいっていう気持ちはあるんですけど、でも弾いていると展開させたくなる気持ちも同時にあるんですよ。そこを展開させるにはどうしたらいいかっていうとまた旋律が必要だなとか。そうして僕の場合は作曲の技法に出会って、作曲をするようになったんです。

高木:ピアノって難しくないですか?コンサートは特に。行った場所のピアノしかないですよね。当たり前ですけどマイクを入れたらマイクの音になるんですね。だからみんな了解の上でそれをやるんですけど、弾いた瞬間に「ピアノじゃない」って思うことがほとんどなんですよ。それを整えるのはリハーサルだったりするんですけど「どうしても鳴らない!」みたいな時ないですか?

原:ありますけど。断れないんで。

高木:コンサートホールだと大丈夫なんですけど、それ以外の時はこの場所くらいだと100人くらいまでは生の音でも演奏できるので、そっちの方がむしろピアノの音に近いということに気づいてきて小さいライブやりたいなとは思ってます。気楽に。

原:自分のピアノは横に流れるところがあるような気がしますが、高木さんのピアノって結構強いイメージがあります。人それぞれで本当に面白いですね。先日シンガポールで坂本龍一さんのリハーサルを見学させてもらったんですけど、坂本さんに「摩利彦ちょっと音聴くから弾いて」と言われて弾くことになったんです。坂本さんの音色ってすごく重みがあるんですよ。音色の違いを同じピアノを弾いて目の当たりにしました。同じ楽器じゃないですか。もちろん指の太さとか体の使い方もあるんですけど「こんなに音色が違うのか」と驚きましたね。

高木:最近家で演奏してるのはできるだけ弱い音で弾こうとしています。でもコンサートの時はそれだと届かないことが多くて。前の席ですら届いてない時があるので。でもずっと弱音で弾いていたらそういうタッチになるのかな?坂本さんとかすごいですよね。弱いのにすごく強い。ちょっと後ろにずれてるんですよね。聴いてると「ここに来るかな」と思ったところのちょっと後ろに来るから。それもあいまって重く感じるのかもしれない。

高木:戸を開けちゃうと山が入ってくるんですよ。ピアノと屋根があるだけみたいな環境になります。
原:ホテルから劇場や美術館などの仕事場まで10分移動時間があったら、レコーダーを回しっぱなしで行きます。

― お2人の第2の共通点についてうかがいます。楽譜に起こせない音、フィールドレコーディング、音のスケッチ、様々な音を集めたり、その音を音楽の中に取り入れたりされているところに共通点があると感じているのですが、その手法はまたピアノと別の興味から生まれたのでしょうか。

高木:原さんは作曲される時、どこから手をつけられます?

原:これ本当なんですけど、どうやって作曲してたっけ?って思うことありません?

高木:ありますけど、まあもう癖というか。

原:まず鍵盤からが多いですね。

高木:音はピアノの音で?

原:でも1つにするのが嫌いなので、常に2つぐらいの方法で始めたいんです。鍵盤を弾き始めるかどこかで録ってきた音を聞くか。手を動かすか耳だけで始めるか。

― 高木さんはいかがですか?

高木:僕は今は変わってきてるんですけど。最初の頃はいわゆるメロディーで浮かぶものじゃないですか。鼻歌とかで「今いい曲作れたかもしれない」みたいに。だいたいそのメロディーが何かに似ている曲だったり、いざピアノで弾いてみたら「あれ?あのテレビの曲…」とかになりがちなのは小学生の頃に気づいてたんです。だからメロディーを一番最後に作ろうと思って。一番最初にちょっと面白い音を出してみて「ラソミラソミ」とか延々と繰り返して、それがずっと鳴ってる時にちょっとずつちょっとずつ自分でも思ってもいない音を組み合わせて重ねていって、笛の音、バイオリンの音とかいろんな音が鳴ってきて。それをジグザグでもなんでもいいんですけど重ねていったら「あっ!ここがメロディーかな?」っていうのがわっと聞こえてくるような気がするから、そこを素直にひろったら一番最後にメロディーが出てくるみたいな。こうやったらできるって事に高校生の頃に気づいて「作れるようになったなぁ」ってその時思いました。でも今もあまり変わってないかもしれない。

― それはご自身でもどういうメロディーが最後に出てくるかわからずに探していく、始めていくという感覚でしょうか?

高木:さきほど話していたバッハの曲に近くて、やっぱりいろんなこう…。今だと今朝作曲してきたんですけど、山に住んでるんですが朝起きたら戸を開けるようにしていて、戸を開けちゃうと山が入ってくるんですよ。ピアノと屋根があるだけみたいな環境になります。今朝だと三光鳥(サンコウチョウ)という鳥が午前4時ぐらいから鳴き始めて、その辺で1度目が覚めるんですけどいつも寒くて寝ちゃうんですね。でも今日はさすがに鳴き始めてから5日~1週間目だったので、これを逃すともう機会がないかもしれないと思って起きて。お昼にこのトークショーもあるしうまくいったら話ができるなと、戸を開けて録音ボタンを押して録ってたんです。その時に「これ昔からずっとやってるなぁ」と思って。「曲を作ろう」と思ってやってるんじゃなくて、三光鳥が「たららん たたたたた たららん たたたたた」て鳴くんですけど、人によっては「シラソ」って聴こえるかな?僕は「シ」を思って弾いたけど、ちょっとギリギリシャープになったりフラットになったりいろんな聴き取り方ができるんですね。今日の自分には「ここがこう聴こえた」っていうのを「記録するだけ」と思うとすっごい心が楽になって。時々「シラソ」って弾いてたのをバッハじゃないけど「ソラシ」って逆に展開してみたり、5分も弾いてると遊びが出てくるので。そうやってるのを録音してたらその時間がもう作曲になっている。それが楽しくて。でも昔からそうしてきた気がします。

― 今朝bandcampで公開された『Marginalia #67』ですよね。

高木:今朝アップロードしてから来ました。

― 今朝の出来事ってことですよね。信じられないですね。それがもう世界中で聴けるようになっていて。私も電車でこの会場に向かいつつ、心は森の中のような気持ちで聴いてきました。

原:僕も聴いてきましたけど、あの曲は今朝作曲なんですね。すごい。

高木:今までいろんな仕事をしてきてやっぱり自分のやり方にちょっと飽きてきて。

― 飽きることもあるんですか?

高木:もともと飽き性というのもありますけど。映画音楽でもCMでも自分のアルバム出すのでも、一生懸命やるから褒めていただいたり、自分で良かったと思うのはいいことなんですけど、同じようなことを繰り返していると思ってしまうこともあります。それが2、3回はいいけど5回10回と重なってくると「ちょっと…自分から湧いてくる曲にも限度があるなぁ」みたいな。

それこそ今日摩利彦さんとお会いしたかったのは、フィールドレコーディングでいろんな外の音を録音されて、なおかつピアノの曲も作られていて。僕はこの2年間それを一緒くたにしてわけずに一緒に録っちゃうんですね、戸を開けて。自然もこっちの音を聴いてるし、こっちも向こうの音を聴いてるし。鳥の声だけ録ったら綺麗やのに自分も入れちゃうっていう。わけられなくて。そういう音楽を聴いたことがあんまりなかったのでどこまで出来るかなと思って。摩利彦さんはどういう音を録音されてるんだろうなと。

原:そうですね。僕は鳥の声もメロディーとして聴こえなくて、鳥の声は鳥の声のままとらえる癖があります 。でも外国へ仕事で行った時によくするのは、何かの音を録りたいというより、ホテルから劇場や美術館などの仕事場まで10分移動時間があったら、レコーダーを回しっぱなしで行きます。音の移り変わりみたいなのが、すごく自分には参考になるし、好きですね。だいたいどの都市もですけど鳥の声がやっぱり印象的です。バルセロナに行ったらものすごい強めのカナリヤみたいなのがいたり、また違うところでは静かなチュンチュンっていうひかえめな鳥がいたりするんですけど、それを聴きながら歩いて。でもそれは録るだけで曲に使うというのはその時には全然思いついてない。音を取り入れるっていう表現なんですけど、例えばピアノの曲があったとして、フィールドレコーディングの音を背景に置いたとしても、ピアノの音がなくなったとしても、背景にあるフィールドレコーディングの音だけで1つの流れができるように作っているというか、エディットをします。そういう意味では背景というよりは「2つのメロディーが走ってる」みたいな考え方なんですけど。

高木:ねらって録っているわけではない?

原:ねらって録る時もありますけど、かなりフリーです。カバンの中にレコーダーを突っこんだまま歩いたりとか。

高木:ヘッドフォンは?

原:しないです。ヘッドフォンよりその時耳で聴いてる音が一番いいじゃないですか。ヘッドフォンしちゃうと「もったいないなぁ」というか。

高木:たまたま録れてたのを帰ってから聴いて。

原:だいたいあまりよくないんですけど(笑)。やっぱりその場で耳で聴いていて良いのと、レコーダーから聴き返して良いというのは別で。その逆もありますけど。例えば波の音ってだいたいこれぐらいの距離があります(座って耳と波の位置関係を示す)。でもレコーダーはかなり波に寄せてるんで(手元のレコーダーを波に近づける仕草)。それだと耳では聴こえなかった音が後から聴こえてくる。

高木:みなさんは録音されたことありますか?SNSとかで目に見えるものはたくさん写真で撮られるようになりましたけど、音だけという。「この音が素敵やな」とか「みんなに教えたい」と思って録ることっていうのをたぶんやってるというか。

原:思い出として録ったりすることはありますね。

― 高木さんの作品も原さんの作品も、聴いていて記憶に触れる感じ、旅をしてる感じ、違う場所に意識がいく感じがして、それが私にとってはすごく良いなと思えて。高木さんが作曲されている場所で感じた景色とはまた違うものが、私の中では鳴ってたり見えてきたり。原さんが録音された場所で感じられたことと、私が感じてることは違うことかもしれないですけど。より豊かさが広がっていくような感覚があります。お2人ともある豊かさに触れて音を録ったり作ったりされてると思うのですが、届いた先でまた違う豊かさに変わって広がっているのかなと。

#2はこちら


高木正勝

高木正勝音楽家 | 映像作家

1979年生まれ 京都出身

長く親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手掛ける作家。『おおかみこどもの雨と雪』『夢と狂気の王国』『バケモノの子』『未来のミライ』の映画音楽をはじめ、CM音楽、執筆など幅広く活動している。最新作は、自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、6年間のエッセイをまとめた書籍『こといづ』。
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原摩利彦

原摩利彦音楽家 | 作曲家 | サウンドスケープ・アーティスト
京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科修士課程中退。
音の質感/静謐を軸に、ポスト・クラシカルから音響的なサウンド・スケープまで、さまざまな媒体形式で制作活動を行なっている。アルバム《Landscape in Portrait》をリリース。ダミアン・ジャレ+名和晃平《VESSEL》、野田秀樹《贋作 桜の森の満開の下》などの舞台音楽を手がける。アーティスト・コレクティブ「ダムタイプ」に参加。
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聞き手:小夏浩一 写真:原祥子 編集:小夏麻記子